AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する

 山 は
  秋 本 番 !



 ここでは、普段から私が考えていることを徒然に書いていきます
 内容は何を書くかわかりませんので、暇な人は見ていってください
 ひょっとしたら私の性格分析ができるかもしれません。



 【11月編】

雑感倉庫へ

猛禽の部屋へ

 

★2001.11.29 ・・・・・  冬の足音  ・・・・・
 すでに、冬の足音がそこまで近づいているようです。

 今日の写真は、4日前の日曜日の浅間山周辺の道路です。すでに、何回か雪が降ったらしく、日影ではごらんの通り路側に雪が積もっています。南面ではさすがに溶けて無くなっているのですが、日の当たらない北斜面などには、このようにいくらか雪が残りはじめたようです。

 左の写真は、今回登った(といっても、たいしたことはなくほんの1キロ半ほどですが・・・)山の登山道の様子です。やはり日影部分には、いくらかの雪が残り、登山道などもある程度入山者があるためか、雪が踏み固められていました。
 
 今回登ったT山も、ハイキング程度に登るのには、良いところなのかもしれません。頂上で観察しているときにも何組かの登山者グループが登ってきました。近くに有名な山がたくさんあるので、こんなところ(T山)には、登山者など来ないだろうと思っていたのですが、7〜8組の登山者グループが登って来たのには、少し驚きでした。しかも、その全員が僕より年上の人達ばかりです。中高年の登山者が10年ほど前から増えているのは、あちらこちらで出会って知っていますが、まさか、このような無名で魅力のなさそうな山にまで登ってくるとは・・・・・少し感心してしまいました


★2001.11.27 ・・・・・  食後30分  ・・・・・
 薬というものは、だいたい『食後30分』に飲むことになっているものが多いです。

 僕の場合、この食後30分というのが実は困るのです。朝食と昼食は、ほぼキチンととっているので、朝食後と昼食後は大丈夫なのですが、困るのは、夕食なのです。なぜかといいますと、基本的に家では夕食はとりません・・・・・と、いいますか、ただ晩酌をしているだけですので、『夕食』という規定がないのです。ですから、夕食後の薬などいつ飲んで良いのやら、さっぱりわからないからなのです。
 仕事から帰ってくると、毎晩7時30分ごろから酒を飲み始め、途中、お風呂で一時中断しますが、風呂から上がっても寝る寸前まで飲んでいるもので、何時薬を飲んで良いのか、よくわからないのです。
 ちなみに、昨晩は7時くらいから飲み始めていて、12時30分くらいまで飲んでいたもので、寝る寸前に薬を飲んだのですが、こんなことで効くのだろうかと、心配になってきます。また、医者で処方してくれた薬は、「鎮痛消炎剤」と「胃があれない薬」ということですが・・・・・寝るときになって、飲んでも効くものなのかどうか・・・・・
 今も、風呂上りで飲みながらこれを書いているのですが、当然、まだ薬は飲んでいません。たぶん寝る前に飲むでしょう。
 
 このような場合、いったいどうすれば良いのでしょうか?・・・・・飲酒後30分とでも書いてくれれば、親切だと思うのは、僕だけでしょうか・・・・・

 左膝をかばって歩いているもので、右足に負担がかかったのでしょう。右足の足首まで少し痛くなってきました。


★2001.11.26 ・・・・・  靱帯損傷  ・・・・・
 『靱帯損傷』・・・・・スポーツ新聞なんかを読んでいると、良く目にする言葉です。

 言葉から想像すると「靱帯に何らかの怪我をした」と言うことになるのでしょうか。そうして、靱帯を損傷するということとは、どのようなことにより引き起こされるのか? どのような症状を呈するのか? 別段興味もなかったので、気にも留めていなかったのですが・・・・・
 実は、先週の木曜日より左膝が痛くて、歩くのもままならない状態が何日も続いたため、今日は思い切って医者に行ってきたました。別に思い切るほどのことではないと思うのですが、膝をひねって以来、5日以上も経過しているのに、一向に良くならないもので、これは、今までとは違う症状であるということを自分でも自覚したからなのです。
 結果は、想像どおり『靱帯の損傷』でした。医者の話では、靱帯は骨にくっついていて、その靱帯を何らかの拍子でおかしく曲げたり、引っ張ったりすることにより、軟骨に付着している靱帯が引っ張られ、軟骨部分が剥離骨折するそうです。僕の症状は、まさにその症状通りで、レントゲン写真を見ると、膝の骨の部分にヒビが入っているのが確認できました。脛の部分に2本ある骨のうちの前部にある細い骨の膝に近い部分に、少しヒビが入っているということで、ギプスができない代わりに、がんじがらめにテーピングされています。

・階段の上り下りは極力してはいけません
・あぐらを、組んではいけません
・そして、なるべく歩かないようにして下さい
との、指示を受けました

 僕がなぜ膝を痛めたかと言いますと、イスの上であぐらを組みながらお酒を飲んでいるときに、突然「グキッ」っという感じで、左の膝がひねれただけでして、その時は、別段の痛いわけでもなかったのですが、翌朝から激しい痛みに襲われてしまいました。

 それにしても、あぐらを組んでいただけで靱帯を損傷するなんて、歳を感じざるを得ません。

★2001.11.20 ・・・・・  狂牛病・1  ・・・・・
 いよいよ2頭目の狂牛病感染牛がでてしまいました

 農林水産省では、出荷する牛のBSE検査(狂牛病検査)をすべての牛に対して行っているそうで、そのBSE検査に引っかかったそうです。
 これは、はっきりいってもの凄くヤバイ状態ですね。なぜかと申しますと、先日、書いたとおり、牛の飼育には2通りあり、一つ目は、搾乳のための乳牛です。もう一つが、肉専門の肥育牛です。前回の牛も、今回の牛も、2頭とも乳牛だったのです。
 ここからがポイントになるのですが、実はBSE検査をいくら肉専門の肥育牛にしたところで、狂牛病は発見できないのです。BSE検査で、検出されるものは約3年以上の飼育をされないと陽性反応にならないのです。つまり、この3年というのが、狂牛病が発病するまでの潜伏期間なのです。
 肉専門の肥育牛とは、白黒のホルスタイン種でや20〜24ヶ月。黒毛和牛で30ヶ月前後なのです。つまり、肉専門の肥育牛は、出荷時にはすべて狂牛病の潜伏期間内の牛なのです。ですから、いくらBSE検査で陰性反応が出たとしても、正直いって、あてにならないような気がします。

 それと、乳牛で2頭目が出たのにも、驚きました。まあ、BSE検査で陽性反応が出るのは、乳牛だけだろうとは思っていたし、前回の時も、ひょっとしたら偶然なのかもと思っていました。しかし、2頭目がでたからには、正直言って、末恐ろしいことになるのではと思っています。
 なぜかと言いますと、基本的に乳牛の飼育頭数などは、肉専門の肥育牛に較べれば、その数などは、恐ろしく少ないものです。桁が違うのです。それに長期間飼育をしますので、乳が出なくなったからといって、肉として処分される乳牛の数など、たかがしれてます。肥育牛に較べれば数百あるいは数千分の1くらいかもしれません。それくらい少ないはずなのに・・・・・2頭目がでてしまうとは・・・・・・恐らく狂牛病の汚染は、目に見えないところで、かなり広がっていることが予想されます。
 単純に、乳牛と肥育牛の肉出荷の比を、1:100とすると、肉牛では狂牛病の潜伏牛が、200頭はいる計算になってしまいます。しかも、この2ヶ月という短い期間にです。

 ただし、乳牛と肥育牛では、使っているエサの種類が違います。また、地域によっても特色のあるエサなどが使われており、すべての牛が肉骨粉を使っているはずはありませんが、肉塊になってしまいスーパーや肉屋に並ぶときには、肉骨粉をエサとして使用した牛かどうかなど、区別つけることはできません。なんという恐ろしいことでしょう。こんなことでは、恐らく誰もが潜伏牛を既に食べてしまっていることでしょう。
 幸いなのは、感染率の低さでしょうか・・・・・「人間への感染率は低い」と言われていますが、実際のところはどうなのでしょうか?  

 いずれにせよ、こんなことでは、恐ろしくて牛肉など食べることができません!
 3年後には、恐らく狂牛病汚染はおさまるとは思いますが、それまでは、正直言いまして、恐ろしいですねー・・・・・少し不安になりました。

 残念ながら、自分の身を守るためには、『しばらく牛肉を食べない!』・・・・・これしか方法はなさそうです。

 本日の写真は、『マメヅタ』です。1cmほどの円形で肉厚の葉を持つツタです。なかなか可愛らしくて、良いものです。

★2001.11.19 ・・・・・  ほうとう  ・・・・・
 これが、甲州の郷土料理『ほうとう』です

 基本的には、家庭料理のために、味付けについては、その家庭ごとにさまざまです。

 作り方を少し
 まず、ダシですが、家では、煮干しで取ったり、鰹節で取ったり、ときには、両方を使ったりと、さまざまです。基本的には、お好みでOKです。
次に具ですが
 我が家では、ダシ取り兼用に必ず鶏肉を入れます。この鶏肉は「もも肉」がいいですね。ダシ取りにはかかせません。他は、野菜やキノコ類を入れるのが、普通のパターンです。里芋・大根・カボチャ・人参・白菜・ネギなどなど・・・・・キノコは、今ですとシイタケ・マイタケ・シメジなどしかありませんが、野生のキノコの季節には、いろいろなキノコを入れてもOKです。他は、あぶらげや厚揚げなどを入れてもOKで、ほうとうにはよく合います。
 最後に味噌ですが
 普通の味噌に限ります。白味噌も赤味噌もあんまり合いませんね。食習慣の違いかもしれませんが、赤味噌はあんまり合わないような気がするし、かといって、白味噌でも、少し味が薄っぺらい感じがしますので、やっぱり、ほうとうは普通の味噌に限ります。

 右上の写真が、ほうとうを煮込んでいる写真です。大きめの鍋で、たっぷりの水を使い煮込むと良いでしょう。煮込む順は、あたりまえですが火の通りにくいものから煮込み、最後に麺と味噌を入れ、煮込むと完成します。

 左の写真は、麺の写真で、このように太いのです。この麺は、地元でも特別に太いのですが、美味しいもので、子供達にもなかなか好評でした。鉛筆の太さと較べても、その太さがわかるというものです。きしめんと較べても、厚みがぜんぜん違います。3〜5倍の厚みがあります。


★2001.11.19 ・・・・・  フクロウ君は  ・・・・・
 
昨日の寝違えが、だいぶ良くなり、今日はさほど痛みも無く、なんとか大丈夫でした。


 明日は胃の検診のため、先ほどから何も飲んでいません。なんと、寂しいことでしょうか・・・・・そのかわり、いつもよりも少し早い時間から、少し早めのペースで酒を飲むことにし、ビールをぐいぐいと飲んで、その後、日本酒でも飲もうかと思ったのですが・・・・・腹が減ると困るかなとも思い、結局は久しぶりに「夕ご飯」を食べて、今は落ち着いております。


 さて、昨日の『フクロウグッズ』ですが、正解は、ごらんのとおり ブックマーク です。なかなか面白そうだったもので、ついつい買ってしまいました。今は、二女の持ち物になり、愛用されているようです。


 フクロウの右後ろに「心霊写真」のように写っているのが、次女です。次女は、自然のことが好きらしく、1人で図鑑などを良く読んでいるようなので、彼女にプレゼントしました。

★2001.11.18 ・・・・・  寝違えた!  ・・・・・
 今朝なのか、夜のうちの出来事なのかわかりませんが、『寝違え』てしまいました!

 久しぶりの寝違いで、数年ぶりのことかもしれません。そして、寝違えた箇所がスゴいのです。普通は、首を寝違えるのですが、僕の場合は、背中を寝違えてしまったのです・・・・・・みなさんは、背中を寝違えたことがあるでしょうか?
 なにしろ、息もできないくらい痛いのです。手を動かしても、首を回しても、腰をかがめても、とにかく何か動作をすると、背中の左側がメチャメチャ痛いのです。一番困るのが、車の運転です。運転席が普通の乗用車より高いので、まず、乗り込むのにひと苦労です。痛みをこらえながら乗り降りをしなければなりません。最悪なのは、バックをするときです。なにしろ後ろを振り向けないのです。これには、はっきりいって参りました。

 どうして、背中を寝違えるようになったといいますと、7〜8年前の冬に『咳』をしたときに、生まれて初めて背中を寝違えて(というよりも、筋を違えたのかな?)しまい、それ以来、癖になってしまったのか・・・・・・首は寝違えず、背中を寝違えるようになってしまいました。
 一番最初に、咳をして背中の筋を違えたときには、それはそれはひどいものでした。まったく動くことができずに、接骨医さんにまでかかり、やっとの思いで治ったのです。どうも、それ以来癖になってしまったようで、寝違えるときは、背中ばかりなのです。こんなことが、これから何回も続くのかと思うと、ちょっと気が重くなってしまうものです。

 本日の写真は、『フクロウの○○○』です。猛禽屋さんは、このような猛禽グッズを集める人が多いのです。ご多分に漏れず、僕もいろいろな猛禽グッズを集めています。以前までは、なんでもかんでも集めたものですが、フクロウグッズなど、ここ数年は、たくさんありすぎて、集めるのをやめてしまいました。そのなかでも、少し珍しいかなと思い、ここに掲載します。

 さて、このフクロウ君の正体は、何なのでしょうか?

 写真に写っている下に、実は「何か」が写っているのですが、それを見せると、すぐにわかってしまうので、下は写してありません。フクロウの大きさは5cmくらいです。写っていない下にも5cmくらいの「何か」があるのです。さて、これは何なのでしょうか。
 (ちなみに、所有権は既に次女の手にあり、激しい使用のため、フクロウの足元が少し禿げています)

★2001.11.16 ・・・・・  ありゃりゃ!  ・・・・・
 右の写真を見てください!

 子供達が風呂に入り、食事も済ませ、9時20分ぐらいにパソコンを立ち上げ、インターネットを立ち上げたのですが、いきなり画面がクシャクシャになってしまいました。強制終了をかけ、立ち上げた画面が、右の写真です。
 この画面を見ると、なんとなくスキャンディスクをしているような感じがするのですが、いつまでたってもこのような画面でのままで、おまけにこのまま画面がチラつくのです。
 いよいよどこかがおかしくなってしまったのか?・・・・・と考えたのですが、理由などまったくわかるはずがありません。パソコンの知識が無い僕ですら、この画面を見ると、『ちょっと恐ろしいことが起こっているのではないか・・・・・』と、心配するものです。それに、パソコンは壊れても仕方が無いのですが、中に入っているデータが無くなってしまうと、はっきりいって、少し困ります。
 このような時のヘルプは、D−LABさんしかおりません。さっそく、D−LABさんの携帯に電話をして、症状を話すと・・・・・「それだと、パソコンのハードが壊れたかもしれないし、ひょっとすると、電圧低下の症状かもしれないので、とりあえず電源の接触を確認して・・・それでも、だめだったら、取説を用意して、また電話をちょうだい!」とのこと・・・・・

 わらをもすがる思いで、電源を抜き、接触する(通電する)ところを清掃し、立ち上げてみると、なんとなんと普通に立ち上がるではないですか。

 いやー・・・・・なにはともあれ、助かりました・・・・・・・そうして、これを書いております。

 D−LABさん・・・・・毎度のことながら、感謝、感謝です!

★2001.11.15 ・・・・・  向上心  ・・・・・
 今日の雑感は『向上心』についてです。

 向上心なんて、あってもなくても人それぞれ、一向に構いませんが、僕は、やっぱりある人の方が好きですね。現状を維持することで満足の人もたくさんいます。また、多少は、低下してしてもかまわない、あるいは、仕方が無いという人もいるでしょう。

 しかし、向上心だけは、絶対に失いたくありません。『夢』は、無くしたくありませんね。夢を追いかけている人は、見ていても気持ちの良いものです。生き生きとしてますから・・・・・人生を楽しんでいるのでしょうねー!!  素晴らしいことです。
 
 本日の写真は、半額以下になってしまう牛肉の写真です。庄内牛のすね肉で100グラム150円、274グラムで411円が、なんと半額以下の200円になってしまいます。今日は、この肉を使い特製シチューを作りました。安いもんですねー・・・・・主夫としては、嬉しいことですが、いつまで、このような事態が続くやらと考えると、日本の畜産業界は、どうなってしまうのか?・・・・・ちょっと不安になってしまいます。


★2001.11.14 ・・・・・  ソースカツ丼  ・・・・・
 これが、ソースカツ丼のソースです。

 普通のソースとの違いは、味です。これは、普通のソースよりメチャクチャ甘いのです。

原料は
 野菜・果実(玉ねぎ・トマト・にんじん・リンゴ)・本醸造醤油・砂糖・水飴・味醂・食塩・酒・醸造酢・調味料・香辛料・澱粉・増粘多糖類などで作られているそうです。
 この、ソースは、中央道駒ヶ根SAで売られているもので、360g入りで500円也です。伊那などに行きますとお店やさん毎に、独自のソースを作っているので、それを味わうのも楽しいのですが、なかなかそうもいかないので、家で食べるときには、このソースを使っています。

 ソースの左側には、ハクビシンが歩いています。匂いにつられて山から出てきたのでしょうか?

★2001.11.13 ・・・・・  ランタンは明るいぞ!  ・・・・・
 いよいよ11月も中盤に入ってきました。今年も残すところあと1ヶ月と半分となりました。今日は、想像以上に寒い日で、ジャンバーを着ながら仕事をしていたという有様でした。
 まだまだやらねばならないことが山積み状態です。気を引き締めて、残りの1ヶ月半を、あんまり頑張らないようにしましょう。

 さて、今日の雑感は、ランタンについてです。
 先日、生まれて初めて『ランタン』の灯りに接することができました。コールマンのランタンは、明るいとは聞いていましたが、あれほど明るいとは思いませんでした。しょせんただの『ランプ』だろうと思っていたのですが、まったく違ったため、ちょっと驚きでした。それに、その明るさときたら想像以上でした。最初は、ただのランプのように、布地みたいな芯で白灯油を吸い上げて、それに点火するという簡単なものを想像していたのですが、ちょっと違うようでした。どうも白灯油を気化させて燃やしているようでした。

 ちなみに、右上の写真がそのランタンの輝きの写真です。先日、山に泊まりに行ったときのものです。こんなに明るいんだったら、ちょびっと欲しくなってしまいますねー。

 左の写真は、その時の様子です。実はこのランタンは、結婚祝いとして、峰さんからONLさんに夫婦に送られたもので、写真にも2人の後ろ姿が見えます。彼らは、夜遊びに来たと思ったら、夜中に家に帰り・・・・・翌朝、雨の中再び現れるという。不思議な行動をとっていました。温泉にでも入りにきたのでしょうか?・・・・・まさに、そのような感じの行動でした。

★2001.11.12 ・・・・・  カツ丼・煮カツ丼  ・・・・・
 今日の雑感は、先日の『カツ丼と煮カツ丼』についてです。

 『カツ丼』・・・・・というと、普通連想するのは、トンカツを、タマネギを刻んだだし汁で煮て、最後に三つ葉を刻んだ奴を振りかけ卵を落としたものですね。ところが、わが山梨で食堂に入り『カツ丼一丁お願いね!』と、注文すると、想像しているものと違うものが出てきます。

 そうなのです。山梨で、カツ丼といえば、トンカツ定食のおかずの部分が、丼の上に乗って出てくるのです。これが、山梨のカツ丼なのです。
 そして、普通のカツ丼(山梨以外のもの)は、山梨では『煮カツ丼』と呼びます。作り方も味も基本的には、普通のカツ丼(山梨以外のもの)と同じなのですが・・・・・不思議なものです

 大学生になり、東京でアパート住まいを始めた頃、近所の食堂などへ行って「煮カツ丼」を食べたいなーと思っていても、どこの食堂へ行っても煮カツ丼のメニューがなく、東京って所は、煮カツ丼も無いのか・・・・と、不思議に思っていたところ・・・・・
 ある時、いつもの食堂で夕飯を食べていたら、なんと煮カツ丼を食べているお客がいたのです。「おー・・・なんだ、煮カツ丼があるじゃん」と思い、メニューをくまなく見直したのですが、やっぱり「煮カツ丼」の文字は、いくら探してもないのです。あるのはカツ丼のみなのです。
 代金を支払うときに、店の人に聞いたら、「あれはカツ丼です」というのです・・・・・??????

 なんと、山梨と呼び名が違ったのです。不思議なものですねー。驚いたのも事実ですが、18年間生きていて、何回も東京へは出てきていたのに、そんなことすら気が付かなかった自分にも、少し情けなくなったことを思い出します。

 また、反対に県外の人が山梨の食堂に入るとビックリするそうです。カツ丼はわかるけど、「煮カツ丼って、何?」と、なるそうで、面白いものですなぁ〜。

 今日の写真は、職場の近くにある食堂のメニューの一部です。どの店でもカツ丼と煮カツ丼と分けて書いてあるのがわかります。

★2001.11.11 ・・・・・  神はいました事件  ・・・・・
 今日の雑感は、先日の『神はいました事件』についてです。

 あれは、一昨日の夜の出来事でした。

 猛禽研の「打ち合わせ」が終わった後の出来事でした。いつものように、夜9時に『デニーズ』に集合でした。普通の集まりでは、だいたい終了の時刻なのですが、この時間に我々は集まるのです。
 今回の集合メンバーは、5人でした。僕とyhasさん・S先生・ちぎれ雲さん・ONLさんの5人でした。いつものように、僕は「ミラージュワインの白」を頼みました。僕は、デニーズへいくとこれだけしか注文をしません。ちなみに、フルボトルで880円、少し甘口ですが、アルコールが入っていさえすれば良い僕には、ちょうど良い物です。
 yhasさんは、いつもは生ビールを飲むのですが・・・・・この日は、デニーズに来るまでに、家でビールと日本酒を少し飲みすぎた僕は、yhasさんとワインを飲むことにしました。翌日は、5時半起きだったもので、ちょっと物足りなかったのですが、1本でやめ、その後は、珍しく二人でコーヒーを飲んだのです。(普通だったら、こんなことはありません)
 打ち合わせも終了し、12時少し過ぎに帰る段になりました。僕は、いつもは自転車で行くのですが、この日は雨が降っていたため、カミさんに送っていってもらいました。そのため、帰りはyhasさんに送っていってもらうこととし、S先生達と別れ、二人で彼の愛車に乗り込み、デニーズを後にしました
 
 店を出て、150m程して車を左折した瞬間の出来事でした。
 そこには、7〜8名の透明な雨ガッパを着て、赤い懐中電灯(誘導灯)を持った人達が立っていました。とっさに、「道路工事かぁ〜・・・・」と、判断し、「工事で良かったな〜・・・・」と、二人で言葉を交わした瞬間のことでした。運転席の窓ガラスを、コツコツと叩かれ・・・・・「お忙しいところを申し訳ありません。飲酒運転の取締りをしていますので、免許証を拝見させてください!」・・・・・
 「えっ〜・・・・・ウソだろっ!」内心僕は、つぶやいたのですが、時すでに遅しです。ここからは、お巡りさんとyhasさんの会話です。

お巡りさん「少し、匂いがしますね〜。どこかで飲んだのですか?」
yhasさん「今、食事をしてきたのですが、食前酒でワインを少しだけ・・・・・」
お巡りさん「そうですか〜。酒気帯び運転の可能性がありますね、飲酒の検知をしますので、あちらの交番で、ちょっと風船を膨らませいただけますか?」
yhasさん「はい。かまいませんよ」
 
 ということになり、我々は近くの駐車場に誘導されました。車内では
風「yhasさん。マッチ持ってるかー?」
yhasさん「今、なんも持っていんさー。だけんど、あれくらいじゃあ大丈夫かもしれんよ!」
風「そうはいっても、なんかあったら、すっとぼけとけしー」(何をとぼけるのか?)
yhasさん「うん、わかったよ」

 という感じで、yhasさんは交番へ行き、風船を膨らまさせられたそうです。僕は僕で、気が気ではないので、車から降り、様子を見守っていました。なんといっても、「家まで送ってってくれー!」と、頼んだのは僕なのですから・・・・・・非常に、まずいのです。

 想像よりも早く・・・・・・数分後には、yhasさんは交番から出てきました。僕に手を上げながら「風さん。大丈夫、大丈夫、完璧だよー。全然出なかったさぁー!」
 『ウソだろー?』
 「本当だって、なんでも0.25以上の数値が出ると、酒気帯び運転になるらしいけど、全然出なかったさぁ!」
 『ホンマかいな?』
 「そうだよ。不思議なことに全然出てないって。コーヒーを2杯も飲んだのが良かった見たいさぁー」
 『へー・・・・スゴイなぁー』
 「だから、お巡りさんも、食前酒だけ飲んだっていうのを、信じてくれた見たいでさぁ。たぶん、酒臭いって言われたのは、風さんが酒臭かったらだと思うよ。それで、車内にアルコールの匂いがしたのだと思うさぁ」
 『ああ・・・そうかもしれないなぁ』
 「そして、交番へ入る前にS先生から電話があったさ」
 『何だって?』
 「ここで、飲酒運転の取締りをしてるから、気をつけなだって、ちょっと、遅いじゃんねー」
 『そりゃあ、そうだぁー。でも、ちゃんと教えてくれるだけでも、良いじゃんなぁー』
 「そうだねー、これからは、気をつけるじゃん!」

 ということで、何とyhasさんは、無罪放免になったのです。yhasさんが、どれくらい飲んだのかは、ここでは書けません。少なくとも、飲酒検知には引っかからない程度ということにしておきましょう。神は、yhasさんと僕を救ってくれたのです・・・・・・

 みなさん。飲酒運転は、してはいけません!

★2001.11.08 ・・・・・   牛   ・・・・・
 今日の雑感は牛についてです。

 狂牛病のおかげで、牛肉がにわかに注目をされる様になりました。一般の人は、意外と知らないのですか、牛飼いさんには、大きく2種類あります。ひとつは、肉牛を飼育するという経営形態。もう一つは、乳牛を飼育するという経営形態です。
 肉牛の飼育は、いわゆる「牛肉」を生産する農家のことで、飼育する牛は、そのすべてが食用の牛肉とされます。ご存じ松坂牛・水沢牛・前沢牛・近江牛などの黒毛和種を初めとし、白黒まだらののホルスタイン種、黒毛和牛とホルスタインのF1雑種などが、主に飼育されています。
 これに対し、乳牛を飼育する農家は、主に白黒まだらのホルスタイン種という搾乳専門種を専門に飼育しており、毎日、乳を搾って、バターやチーズなどの乳加工製品や生乳から牛乳などに加工されているのです。
 農業というと、非常に古くさい・泥臭い・遅れた産業であるというような印象を持っている人が多いと思うのですが、実は、他の産業よりも、いま流行の『構造改革』が、一番進んでいる産業であり、このことは、意外と知られていません。
 乳牛農家のことを考えてみますと、10数年前には加工乳が既に自由化をされました。これにより、生乳の需要が減少し、乳価が下落しました。さらに昨年の雪印事件の余波を受け、今も低価格に苦しんでいる状況です。
 肉牛農家においても、まさに同じ様な状況です。やはり10数年前から、牛肉の段階的な輸入自由化が進められ、今は完全自由化になっています。
 乳牛農家も肉牛農家も、とっくに国際化の波にさらされ、世界中と競争をしているのですね。だから、吉野屋の牛丼なんかも280円になるのです。

 これら、厳しい牛飼育農家を直撃しているのが、ご存じ『狂牛病』ですね。それと、それに伴う『肉骨粉』問題です。この影響で、牛肉の需要量は激減し、価格も暴落したのはいうまでもありません。

 これから、日本の畜産業はどうなってしまうのでしょうか。美味しい牛肉を食べ続けたいものです。

 本日の写真は、『肉骨粉』の写真です。昨日、見かけました。牛と豚の顔が、なんともかわいらしく書いてありました。

 

★2001.11.07 ・・・・・   酸性雨かな?   ・・・・・
 
 今日は、最近あんまり聞かれなくなった「酸性雨」についてです。

 別に酸性雨に興味があるのでは無いのですが、それらしい写真があったもので、捨てるのももったいないので、少し紹介いたします。
 まずは、右の写真ですが、あるトンネルの内部の一部です。これは、コンクリートが酸性雨によって溶け出している様子です(たぶん)。
 
 左の写真は、それを拡大したものです。ほとんど石灰岩化しているのがわかります。
 なかなか、綺麗なものです。コンクリートの原料である石灰石が、酸性雨によって溶け出し凝固したものでしょう(たぶん)。

 右下の写真は、何なのかわかりますでしょうか?

 これは、道路のアスファルトの様子です。立体歩道橋の下のアスファルトの様子です。
 なんと、アスファルトが、こんなになってしまうのです。これは、酸性雨の直接的な影響ではなく、酸性雨によって溶かされたコンクリート中の石灰岩が、アスファルトを溶かしたものと思われます(たぶん)。でも、よく見てもなんだかわかりませんよね。どうでもいいのです。真剣に見ないで下さい。

 情けないことに、『酸性雨』については、まったく興味が無いもので、よくわからないのですが、せっかく撮った写真を捨ててしまうのも、もったいないもので、てきとうに書いてみただけです。

 

★2001.11.05 ・・・・・   昨日のオオタカ   ・・・・・
 最近オオタカの話ばかりになっているようですので、昨日のオオタカの話を少し書いてみます。
 昨晩、研究掲示板で書いたオオタカについては、とある施設で見ることができたものです。その施設とは、市民会館的な施設で、住宅地のど真ん中にあります。一番近くの森林までは、直線で約1.5kmほど離れていて、その間はすべて住宅地です。
 だいぶ前から、この建物にはオオタカが来ていることは知っておりましたが、なかなか本格的に見ることはありませんでした。昨日、初めてこの施設内で1日を過ごすことになり、暇なときには、少しオオタカでも見てみるかなと思い、たまに窓から外を眺めていましたのですが、案の定、昼間くらいには、近くの住宅の上を悠々と旋回している成鳥を見ることができました。
 この施設には、ドバトが住みついているために、そのドバトを補食しに来たのです。まあ、来ることはわかっていたので、それほど驚くことはなく、「おっ、来たなー!」という感じでした。
 夕方になり、すべての用事が終わったため、今度は『塒に帰ってくるドバトを捕獲しに来るかどうか?』という視点で、少し観察することにしました(当然のことですが、あんまり期待はしていませんでした)。観察開始時刻は、午後4時55分からです。車の中でCDを聞きながら待つこと10分。午後5時05分にオオタカがやってきたのです。まさに狙い目どおりと、ひとりほくそ笑んでいたのですが、驚いたのは、それが『幼鳥』だったからなのです。しかも、その幼鳥は、森林とは逆の方角に飛び去っていったのです(これも重要です)。

 なぜ幼鳥で、そんなに驚くのか? 疑問に思われる方もいるとは思いますが、僕が驚いた理由は、成鳥が来るのならともかく、幼鳥が来るとい事は、確実に『親が誘導しているだろう』ということが、想像がつくからなのです。このことが何を意味するのか? が、ポイントとなります。
 簡単に言いますと、このような市街地で平気でエサを獲るオオタカが、増えていく前兆であろうと考えているのです。このように、市街地でエサを獲る幼鳥や若鳥がそのまま成鳥になるようになれば、『市街地でエサを獲る』ということが、彼らには『当たり前(普通:自然)』のこととなるのです。
 そうすれば、その中の一部は、遠くない将来に市街地に営巣するようになるでしょう。そのようなことを、昨日は感じました。ちょっと規模が大きい公園などに、オオタカが営巣する日は、かなり近いですよ。

 本日の写真は、昨夕にオオタカの幼鳥を確認した場所です。右の建物が、ドバトが住みついている建物です。幼鳥は、この建物よりはるかに低く地上10m程度の所を、左の住宅街から飛来し、ドバトを少し追い回しましたが、失敗し、そのまま左の住宅街の方向へ飛び去りました。参考までに、写真の撮影時間は、午後5時08分頃です。

(本当は、どこから来て、どこへ帰っているのか、わかっているのですが、ここではあえて書きません。適当に想像してみて下さい。そのうちに、どこかで書くようにします)

★2001.11.04 ・・・・・   でっかい太鼓   ・・・・・
 今日は世界一の和太鼓を紹介します。

 この太鼓は、山梨県大月市にあるもので、太鼓としては、世界一の大きさのものだそうです。直径(口径)は、15尺8寸(4m80cm)で、長さ(胴全長)は16尺3寸(4m95cm)だそうです。なんとも、でかいものです。太鼓の右に人が写っているのを見ると、大きさが想像できます。
 まったく実用的ではないのですが、せめてもの救いは、世界一ということでしょう。どんなことでも世界一ということは、素晴らしいことです。なかなかできること(もの)ではありません。
 
 このような(モノ)とは、少し違いますが・・・・・・例えば、習い事などをするのにも、世界一を目指して、死に物狂いで、寝食忘れて練習をして、初めて日本一になれるものです。日本一を目指した時には、県下一に・・・・・・というように思います。
 それくらい、習い事や芸事の道は厳しいものです。そして、このことは、習い事だけではなく、いろいろな分野に共通しているものではないかとも思います。

 最近、 『根性』 とか 『努力』 という言葉と縁が遠くなっている僕には、この太鼓を見たときには、少し考えることもありましたが、やはり、現実はなかなか難しいものです。
 

★2001.11.03 ・・・・・  銀座1人ぽっち勘弁してくれ事件  ・・・・・
 銀座1人ぽっち勘弁してくれ事件などと書いても、誰も、何のことか想像できないと思います。

 僕も、何でこんな名前(表題)をつけてしまったのだろうと、反省しているところでございます。はっきり言って、つまらない事件です。それでもよければ、お読み下さい。

 この『銀座1人ぽっち勘弁してくれ事件』は、本当にたいしたことはなく、ただの駐車違反が発端でした。
 この事件は、かれこれ20年くらい前の出来事でした。名前のとおり、東京は銀座での出来事です。当時、大学生の僕は、大学へはほとんど行かずに、バイトと遊びに明け暮れていてました。その日も、平日だったのですが、学校へ行かずに、銀座へ靴を買いに来ていたのです。靴屋さんの名前は、よく覚えていないのですが、ブルドック(?)というような名前だったと記憶しています。いつものように、裏通りに路上駐車をし、靴を買いに行きました。午後になると混むもので、朝10時の開店にあわせて、店に入るように出かけ、45分ほど店にいたでしょうか・・・・・・ご想像通り、愛車は駐車違反で、レッカー移動をされていたのです。
 頭の回転の良い方は、既にわかったと思いますが・・・・・・そうなんです!・・・・・・このときも、免許証をなくしているときで、免許証を持っていなかったのです。
 
 「まじいなぁ〜」とは思いながらも、車を返してもらわなければ、もっとまずいのです。レッカー移動された経験の無い方は、わからないと思いますが、実は、結構悲惨なのです。駐車禁止違反の反則金と、レッカー移動の移動代金(当時で6000円でした)、それと、レッカー移動される先は、民間の駐車場で、そこの駐車料金を支払わなければならないのです。

 さっそく、呼び出された交番(道路にチョークで書いてあります)に行き、反則切符を切られたのですが、ここで問題が生じました。そうなのです!・・・・・免許証がなかったもので、車の鍵をとられてしまい、免許証を持ってきたら車の鍵を返すというのである・・・・・・絶句!

 だって、免許証が無いのですから・・・・・・

 先週、用事で実家に帰り、そのときに免許証を実家に置き忘れてしまい。今、実家から送り返してもらっているところなのです・・・・・などと、苦しい言い訳をしたのですが、頑として聞いてくれません。最後は、友達でも誰でも良いから、免許証を持った人が来れば、車の鍵を返してくれるということになったのです。とりあえず、ホッとしたのですが、実はそれからが大変だったのです。
 当時は、今みたいに携帯電話なんて便利なものはありません。おまけに、大学は授業中です。電話番号を知っている友達に、片っ端から電話をかけたのですが、誰も捕まりません。あたりまえですよね、みんな授業に行っているのですから・・・・・
 しかたがなく、近くの喫茶店で時間をつぶしながら、昼間になるのを待ち、電話をするのですが、誰も繋がりません。その後も、1時間おきくらいに電話をかけるのですが・・・・・・初めて、繋がったのが、夕方の5時くらいでした。その友人も夕方少し用事があった様なのですが、それをこなして銀座まで出てきてくれまして、なんとか夜の8時前くらいには、件の交番で、車の鍵を返してもらい、無事駐車場から愛車を出すことができました。この間の、9時間くらい、僕は銀座の喫茶店に取り残され(というか、自発的に?)、1人ぽっちで寂しく過ごしたのである・・・・・・・自分の責任とはいえ、勘弁してもらいたいものです

 さらに・・・・・・・追い討ちをかけられたことがあります。駐車料金の異様なまでの「高さ」でした。20年前で、なんと、1時間600円でした。この、駐車料金だけで5000円前後を支払った覚えがあります。反則金が5000円か6000円、レッカー移動代が6000円、駐車料金が5000円前後と、たった数千円の靴を1足買うのに、17,000円くらい支払ったことを、今でもしっかりと覚えております。
 余談ではありますが、長野の上諏訪駅前の一等地であるデパート「丸光」さんへ、10年ほどの前のバブル期に駐車したときは、1時間150円でした。銀座とは、あまりにも差が大きすぎたことを、今でもよく覚えています。

 本日の写真は、数年前に捕獲したオオスズメバチの女王バチです。冬に越冬しているものを捕まえて、家に持ち込んだのですが、暖房が効いているために、すぐに目が覚めてしまい。ブンブン騒いでいたので、この大理石のシガレットケースに入れて仕舞っておいたものです。今日、久しぶりに見たら、箱の中でカラカラになっていました。100円玉と比べると、大きさが良くわかります。
(この大理石のシガレットケースは、この事件のときに休ませてもらっていた銀座の喫茶店のもので、気に入ったので分けてもらってきたものです)


★2001.11.02 ・・・・・  ホントは桜海老が大好き!  ・・・・・
 昨日は、情けない写真を貼り付けてしまい、ちょっとだけ後悔をしています。

 今日はお口直しに、少しい美味しいものをどうぞ!

 右の写真は、ご存知「シラス」です。しらす干しの原料として知られていますね。その、生のバージョンです。本当は200gも買ったので、たくさんあったのですが、飲んでいるうちに、どんどん食べてしまい、気がついたら、これだけしか残っていませんでした。
 シラスは、ご存知イワシ(カタクチイワシ・マイワシ:ほとんどカタクチかな)の稚魚です。釜揚げして茹でたものは「シラス干し」、この生のものは「生シラス」として、寿司だねにもなっています。DHAの含有量が多いということでも、知られている魚ですね。
 この生シラスを、僕は酢醤油にショウガを少しすりおろしたものを加え食べております。余ってしまったら、もちろん茹でて食べます。

 次なるは、「桜海老」です。

 これも、生の桜海老で、刺身でいただいております。醤油で食べてもよし。レモンやスダチを絞って食べてもよし!

 実は、僕の大好物なのです。春と秋が漁期で、この時期でないと生桜海老はなかなか食べられません。口の中が、痛くなるまで食べます。この口の中が痛くなるというのは、なぜかと申しますと、ヒゲやカラが口の中にあたり、小さな傷ができるからなのです。それくらい、好きですね〜・・・・・
 3日ほど前に静岡に行った折りに、買って来ました。あと1日分残っているだけです。これを食べきってしまうと、また、来春までのお楽しみとなってしまうのかもしれません。

 このサクラエビは、駿河湾の名産として有名です。他の海にもいるのですが、漁が成り立つほどは、獲れないようです。シラスのDHAに対して、サクラエビはEPAが多いことでも有名です。僕にはジャストの食料かもしれません。

 桜海老といえば、なんといっても有名なのは「かき揚」でしょう。料亭なんかで食べるかき揚より、地元の静岡で食べるかき揚の方が、はるかに美味しいですね。それと、このかき揚をのせた「かき揚うどん」で有名なお店も、たくさんあります。あとは、寿司だねにもありましたけど、寿司だねにするくらいだったら、そのまま食べちゃう方が美味しかったですね。

 静岡へお寄りの際は、ぜひとも、僕の好きなサクラエビを食べてみてください。

★2001.11.01 ・・・・・  碑○谷警察署拉致事件  ・・・・・
  せっかくですから、『碑○谷警察署拉致事件』について書きます
 (ホントはたいしたことはありません。期待しないで下さい)
 この事件について、触れる前に、まず知っておかなければならないことは、僕の免許証は3回再交付を受けているということです。つまり3回も免許証を無くして、新しく再交付を受けているということです。なんでなくしたかは良く覚えておりません。ほとんどが、飲みに行ってどこかに忘れてきたはずであろうと思われます。しかも、そのすべてが大学の4年間の出来事でした。右の写真は、僕の免許証の写真です。免許証番号の一番最後の数字が再交付された回数になのです。ほとんどの方は、『0』となっているはずです。僕のは見ての通り『3』となっているのがわかります。この数字が再交付番号です。

 さてさて、さっそく事件についてですが
 あれは、今から20数年前の出来事でした。僕は世田谷に住んでいました。僕の仲の良い友達が目黒区の大岡山に住んでいたもので、よく遊びにでかけていました。この友人のところによく遊びに行くのですが、この大岡山というところも、世田谷と同様に住宅密集地であり、一方通行の嵐みたいなところでした。ある日、一方通行でも少し広い道があり、逆走すると簡単に友人宅から帰れることがわかり、しばしばこの道を利用していました。距離は500mくらいなもので、普段は対向車にもあわずに通行でき、たまに対向車にあっても、おとなしく端に寄っていれば、通行できる広さの道でしたので、安心して(?)通行していました。
 その日のも夜中まで、友人のところで遊んでおり、夜中の1時くらいに彼のアパートを出ました。いつものように、一方通行の道を逆走していたら、対向車が来たもので、僕はライトを消し車を端に寄せたときです。前方から来た対向車の街路灯に照らされたその車を見たときに、僕は驚きました。そうです、パトカーだったんです。むやみやたらに、捕まって反則金をとられるのもくやしいし、無灯火のまま少し車を走らせ、左の路地に車を突っ込みやりすごそうと欲をかいたのが、そもそもの間違いでした。その路地はすぐに行き止まりで、おまけにパトカーにも見つかってしまい。すぐに捕まってしまいました。
 さあ、ここからが大変です。この時は、免許証をなくして持っていなかったんですね。もちろん再交付を受けていないときでした《再交付を受けるにせよ、山梨まで戻り、地元の公安員会にまで行かねばなりませんので、面倒なもので、そのまま運転をしていたときだからなのです》
 警察官からは、不審がられ、哀れな僕は、パトカーに載せられ、そのまま碑○谷警察署に連行されてしまいました。免許証さえ持っていれば、切符切られて、その場で放免だったのだと思いますが・・・・・よっぽど不審な人物に見られたのでしょうね。家に忘れてきたといっても、ぜんぜん信用してもらえませんでした。
 さて、碑○谷署に連行された僕は、簡単な事情聴取にあうのですが・・・・・結局は、免許証を持ってくれば、車・車の車検証・車のカギを返してやるということになりました。「だって、今は夜中じゃんけぇー、今からアパートに帰れないし・・・なんとか、勘弁して下さい!」と、哀願したのですが、答は「ダミダミー、免許証と交換じゃ!」と言われ、すごすごと真夜中の碑○谷署を出てきました。
 さあ、困りました。免許証を持ってこいと言われたって、免許証なんて、どこかの飲み屋に忘れてなくなってるんですから・・・・・それに、こんな夜中にほっぽりだされたって、歩いて帰れる距離でもないし・・・・・
 結局、近くでファミレスを見つけ、しばらくそこで作戦を練ることに決めました。作戦を練るといっても、免許証を持っていかない限りダメといわれてるし、結局は、ファミレスでただ寝ていまして、早朝、碑○谷署に謝りに行って、なんとか車だけでも返してもらおうと決心をし、朝の6:30頃に碑○谷署を訪れました。
 なんと・・・・・・・警察官はたくさんいるけど、そこには 『神』 もいたのです。


 そうなのです・・・・・・わかりましたか?
 答は、僕を拉致してくれた警察官は、勤務の交替でいなくなっていたのです。そのため、警察署を訪れた僕は、交替した新しい警察官と次のような話をしました

僕 「すみません。昨晩一方通行違反で捕まった風(ホントは本名)と言いますが、自動車を取りに来たのですが・・・・・」
警察官 「ああ、そうなの。で、反則切符は切られましたか?」
僕 「ハイ、切られました(元気良く)!」(本当は、反則切符は切られていなかったのだ)
警察官 「あっそう。じゃあ、気をつけて帰りなさいね。学生さんだね。」
僕 「はいそうです。次からは気をつけま〜す!(もの凄い元気良く)」

というような会話の後、くだんの警察官さんは、やさしく車のカギと車検証を返してくれました。こんなところに神がいたのです。
僕は胸をホッと撫で下ろし、当時の愛車・ブルーバード510SSS(1800cc)で、元気良くアパートに帰り着くことができました。
めでたし めでたし